首都直下地震に備え、注目される学生・大学の取り組み
首都直下地震に備えて、災害救援ボランティア活動や地域の防災活動に取り組もうという大学生・大学が増えています。筆者は、在学中から積極的に大学における災害ボランティア育成や学生ボランティアの支援に取り組んできました。弊会(災害救援ボランティア推進委員会)の取り組みを中心に、大学における災害ボランティア育成の現状と展望、大学生による組織的な災害・復興支援や地域防災活動等についてご紹介します。
大学における災害ボランティア育成
災害救援ボランティア推進委員会は平成7年の阪神・淡路大震災を契機に設立された民間団体です。総務省消防庁が示す基準に基づく講座「災害救援ボランティア講座」を行い、災害救援、地域防災を担うリーダーを育成、大規模災害の被害を軽減することを目的として活動しています。
同会の災害ボランティア育成の仕組みは首都圏を中心に多くの大学で取り入れられており、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震での帰宅困難者対応や、その後の学生ボランティアの復興支援活動へとつながっています。 平成28年実績では、1年間に11の大学で13回の講座が開講されています(一部大学は1年間に2回講座を実施)。これほど多く、また長く継続的に大学と連携しながら災害ボランティア育成を行っている団体は他にありません。
災害救援ボランティア講座の内容
「災害救援ボランティア講座(以下「講座」)」は、東京消防庁のOBによる座学講義、公益財団法人東京防災救急協会
による上級救命技能講習、立川・本所・池袋にある「防災館」での模擬体験と実技、災害ボランティア活動の経験者による実践的な演習がパッケージ化されています。平成29年8月現在で公開されている講座情報については、災害救援ボランティア推進委員会のホームページからご覧ください。
基本的なカリキュラム構成は次のとおりです。大学によっては、学生団体による活動紹介や地元社会福祉協議会の講義、大学に所属する教授による特別講義などを取り入れる場合もあります。
災害救援ボランティアの基本(90分)
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災害救援ボランティア活動の経緯など総論的な講義
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災害と防災対策の基本(90分)
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自然災害や防災対策の基礎知識についての講義
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出火防止と初期消火(90分)
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首都直下地震等で課題となる火災対策についての講義
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応急手当活動(上級救命技能講習/8時間)
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心肺蘇生法、AED操法、三角巾や搬送法等の実技
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災害模擬体験と実技(2時間)
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立川・本所・池袋防災館での模擬体験と実技訓練
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被災地での安全衛生と被災された方との接し方(90分)
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安全衛生と被災された方のことを学ぶ講義・演習
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災害情報の収集・伝達とコミュニケーション(90分)
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被災地支援や被災時に役立つ、災害情報情報の取り扱いを学ぶグループワーク
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リーダーシップとチーム・ビルディング(120分)
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災害ボランティアとしてのチーム活動を学ぶ図上演習
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(その他大学別プログラム)
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大学・学生団体による活動紹介や、教授による特別講義など
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このうち、筆者が指導を担当しているのは「被災地での安全衛生と被災された方との接し方」、「災害情報の収集・伝達とコミュニケーション」、「リーダーシップとチーム・ビルディング」の3科目で、いずれも実際に被災地で直接求められる知識と理解、行動に関わる部分となります。
Point:複数大学で科目共有する「振替受講」のシステムで受講者をフォロー
これらのカリキュラムはほぼ全ての大学で共通しており、体調不良等で一部科目を欠席してしまった場合などは、他大学で振替受講することもできます。大学生の時間は4年間と限られています。1年に1回しか機会がないのでは、3年生・4年生はどうしても受講機会が限られてしまいます。体調、学業や就職活動、アルバイトなどで時間的な制限があっても、災害ボランティアについて学びたいという意欲を受けとめるための仕組みが整っていることも大きな特徴です。
「セーフティリーダー」の認定と推移
講座の全科目を修了した方には、災害救援ボランティア推進委員会から「セーフティリーダー(以下「SL」)」の認定証が交付されます。都内大学で開講した場合は東京消防庁から「上級救命技能認定証」も交付されます。大学が主催する講座の場合は、認定証に大学名も記載されます。SLの認定者数推移にも他にはない特徴がありますので、具体的なデータに基づいてご紹介します。
Point:「災害救援ボランティアや防災を学びたい」学生の増加
筆者が担当している東京都内を中心とする大学での「災害救援ボランティア講座」ですが、年々開講数が増えています。平成16年度は年間10回だった講座の開講数が、平成26年度には19回とほぼ倍の開講数になりました。
講座修了生については、平成24年度、平成25年度はいずれも500名を越える修了生数となっていますが、平成26年度では500名に至りませんでした。東日本大震災など、大きな災害が起きてからある程度の期間が経つと、災害救援活動や防災への社会的な関心は相対的に低下していく傾向にあります。
ただ、減少しているだけでなく大きく上昇しているポイントもあります。そのポイントは、今後数十年の防災対策や災害ボランティア活動にも良い影響をもたらすポイントだと考えています。何かというと【修了生数に占める学生(大学生、中高生・専門学校生)の割合】です。
具体的なデータを示すと、平成16年度では33%しかなかった学生の割合が、平成22年度には71%になり、平成26年度においても64%まで上昇しています。グラフでは記載できていませんが、平成27年度・28年度は約70%となっています。災害救援ボランティアや防災に関する講座は様々なものが開講されていますが、これほど顕著に、かつ継続的に大学生が参加し続けているのは災害救援ボランティア推進委員会の講座の特徴です。
表1 講座修了生数に占める学生の割合(黄色マーク)
「大学主催」の仕組みが学生の意欲・関心の受け皿に
こうした特徴を支えているのは「大学が主催して講座を開講する仕組み」があるからです。専門的な知識や技能を有する外部団体が、大学が主催する災害救援ボランティア講座に協力し、大学は講座を受講した学生や教職員がともに、平時の防災活動や災害時の協力体制構築をしていく仕組みです。
都内大学での平成16年度の修了生数は、186名中91名が学生(5回開講)でした。平成26年度の修了生数は、297名中227名が学生(12回開講)でした。数値を比較すると修了生数が62.6%増、学生比率は27.5%増、開講数は7回増えています。
なお、最新(平成29年8月末)学生の講座修了生数が多い上位10大学は次のとおりです。10大学の合計人数は2,975名となります。講座は全国の学生が受講しており「セーフティリーダー」の認定を受けた学生がいる大学は約200大学にもなります。学生修了生の総数は4,611名ですので、上位10大学の修了生が全体の64.5%を占めているということなります。
1位 明治大学 598名 ※協定に基づく、千代田区支援事業、大学主催
2位 専修大学 548名 ※協定に基づく、千代田区支援事業、大学主催
3位 中央大学 425名 ※大学(学生部)主催
4位 法政大学 356名 ※協定に基づく、千代田区支援事業、大学主催
5位 富山大学 346名 ※大学コンソーシアム富山主催による単位互換
6位 目白大学 203名 ※大学主催
7位 上智大学 191名 ※協定に基づく、千代田区支援事業、大学主催
8位 工学院大学 135名 ※大学主催
9位 立教大学 98名 ※大学ボランティアセンター主催
10位 聖心女子大学 77名 ※大学総務部が他大学講座へ学生を派遣
いずれの大学も、ボランティアセンターや学生生活課等が中心となって、災害救援ボランティア講座を開講したり、受講を支援しています。このようなデータからも「大学が災害救援ボランティア講座を主催」していく仕組みが、多くの学生の参加を促していることが分かります。前述のとおり、振替受講の仕組みもありますので、他大学での講座を含めれば1年間に何度も参加の機会があることになります。
逆に言えば「災害・防災ボランティアに関する講座がない」、あるいは「講座受講を希望する学生を支援する仕組みなどもない」、多数の大学の学生は、どうしても学ぶ機会が限られてしまうということです。
もちろん、ボランティアですので環境に関わらず率先して行動できることが理想的ですが、せっかく学んだことを大学・地域に還元するためには、やはり大学が中心となって取り組むことが重要であると考えられます。 災害救援ボランティア推進委員会では、大学主催の講座や体制づくりについての提案も行っていますので、お気軽にご相談ください。

図1 大学主催による「災害救援ボランティア養成講座」ご提案
(クリックすると新しいウィンドウで拡大します)
活動経験に基づく「大学と学生の連携」強化
こうした大学主催の講座開催の仕組みを推し進めている背景には、筆者自身の活動経験があります。 冒頭の別記事でもご紹介していますが、筆者が学生だった2000年前後は、災害ボランティア活動や防災活動は今ほど一般的ではなく、ごく限られた一部の学生・団体が取り組んでいるだけでした。そうした社会的背景の状況で、学生だけで活動に取り組むのは難しい、と感じることがたくさんありました。「もっと大学、教職員の方と連携して活動できたら、いざという時にもスムーズに活動できるはず」という想いが、大学と学生が連携する仕組みづくりにつながっています。
Point:行政と大学が連携した災害救援ボランティア育成モデル
「大学と学生の連携」を具体化しているモデルをご紹介します。 平成16年に千代田区は明治大学と「大規模災害時における協力体制に関する基本協定」を締結しました。主な内容は学生ボランティアの育成、地域住民及び帰宅困難者等被災者への一時的な施設の提供、大学施設に収容した被災者への備蓄物資の提供の3点です。
千代田区は明治大学との締結を皮切りに区内の全大学と防災協定を締結しています。 明治大学と法政大学は平成16年、協定に示される学生ボランティア育成として災害救援ボランティア講座を取り入れました。これがきっかけとなって現在、上智大学、専修大学でも導入され、現在の大学主催の講座開催の基盤となる仕組み「千代田モデル」ができました。
千代田モデルでは、大学が施設を提供するだけではなく、学生ボランティアの育成、派遣を努力目標に掲げている。その具体化として大学が災害救援ボランティア講座を主催していること、災害ボランティア団体が講座を支援していること、行政(千代田区)がその取り組みを支援していることに特徴があります。
平成17年から富山県では、大学コンソーシアム富山が中心となって富山大学等を会場に県内の大学生を対象とした災害ボランティア育成を行っています。「富山モデル」の特徴は、複数の大学が連携して講座を開講し、共通単位科目として認めている点にあります。どちらのモデルも大学と行政、外部の災害ボランティア組織が協力することにより、災害ボランティア育成の専門性を高めながら継続しています。
大学と学生による自発的な活動
一般的に外部団体による講座は、修了後は該当団体での活動や参加を前提としたものが多いのが特徴ですが、筆者が紹介している講座では「大学による、大学・学生・教職員のための」講座を目指しています。明治大学災害救援班、専修大学SKV 、法政大学チームオレンジ 、上智大学SVN 、中央大学チーム防災 など、各大学で講座を修了した学生が参加する学内活動も積極的に行われていますので、関心のある学生さんや教職員の方は、各リンクからぜひチェックしてみてください。
(参考)首都圏における災害時の活動
平成23年3月11日、東北地方太平洋沖地震の影響により、千代田区内でも多くの帰宅困難者が発生しました。明治大学、法政大学、専修大学、上智大学の学生ボランティア育成に取り組む4大学は区の指示を待つことなく、率先して滞留する学生・教職員と帰宅困難者の支援活動に取り組まれていました。 筆者自身も震災当日から翌日にかけて区内4大学で、帰宅困難者支援活動の情報収集やサポートをさせていただきました。
いずれの大学も大きな混乱なく施設を開放するとともに、学生・教職員が協力して情報提供や毛布等の救援物資を配布されていました。学生が支援活動に協力していた大学もあり、円滑な支援活動の裏側には、平時からの防災協定と協定に基づくボランティア育成、その浸透もあったと考えられます。
また、その後の復興支援活動では災害ボランティア育成を行う大学も被災地へ学生を派遣しています。平成23年、平成24年を中心に、被災地での支援活動を希望する学生に対する事前説明会を開催するなどの取り組みを行っています。
専修大学では平成23年4月2日から5日にかけて、石巻専修大学支援に学生ボランティアを派遣しています。この時期に多くの大学は学生の安全や現地の情報不足を考慮し、安易に被災地へ入らないよう呼びかけていました。しかし、専修大学では災害救援ボランティア講座を修了したメンバーによる学生団体「SKV」を中心とすることで、ボランティアが必要とされる早期段階での被災地派遣が実現しました。また、夏期に行われた石巻支援活動では、SKVメンバーが一般学生のリーダーとなって支援活動に取り組みました。
大学による災害ボランティア育成の展望
2017年現在の大学生は、2011年の東日本大震災発生当時、中学生~高校生です。テレビやインターネットで被災地の情報に触れることはあっても、なかなか実際に被災地で活動することができなかった、何かしたくてもどうしたらいいか分からなかった、という方も多いようです。
大学生になって、行動範囲も広がり、様々なことに挑戦できるようになると「災害ボランティア活動」がぐっと身近になります。一方で「いざ災害ボランティアについて学びたい」と思っても、学ぶ機会が限られているのも事実です。2011年以降はいろいろな団体が災害ボランティア講座を開講していますが、なかなか日程が合わなかったり、特定の団体色が強すぎてなかなか個人では参加しづらいというケースもあります。
せっかく興味・関心があっても、教育訓練の機会がなければその意欲を活かすことはできません。 これまでも、そしてこれからも自然災害は相次いで発生し、その様子を見ながら成長する中高生は一定数いると考えられます。大学が「災害支援や防災に関心の高い」大学生の受け皿になるための仕組みづくりが、これからの社会にとって重要であると考えています。
災害はいつ起きてもおかしくない状況であることに変わりはありませんが、今後20年、30年に渡って社会を支えていくことになる学生・若者が、在学中に災害救援ボランティアや防災について学ぶ機会を持つことは、将来的な日本の、地域の防災力向上につながるはずです。
図3 東日本大震災直後に活動した学生も、今は各方面で活躍(撮影:2012年)
本稿をもし大学教職員の方がご覧いただいているようでしたら、ぜひ興味・関心のある学生さんと一緒に、災害ボランティアや防災に関する講座を実施していただきたいと思います。もし学生の方がご覧いただいているようでしたら、ボランティアや学生活動の担当部署に相談してみてください。もちろん、お声がけいただければできる限りのご協力をさせていただきます。
宮﨑 賢哉 / 災害救援ボランティア推進委員会主任、(一社)防災教育普及協会事務局長
阪神・淡路大震災以降に被災各地で活動し、2002年にセーフティリーダー認定。学内で学生団体を設立し、災害支援や防災に取り組む。2004年(公財)日本法制学会(災害救援ボランティア推進委員会の運営法人)入社後は、経験を活かして大学での災害救援ボランティア講座や学生支援を担当。教育・福祉、公園指定管理など幅広く活動中。