第6回 いま求められる防災教育~子どもの発達段階に応じた実践例から~
宮﨑 賢哉(ミヤザキ ケンヤ)、防災教育コンサルタント/社会福祉士
災害救援ボランティア推進委員会 主任
【サマリー】※本講の内容は「月刊生徒2012年10月号」に掲載された内容です。
子どもの発達段階に応じた目標設定やプログラムの実践例を中心に、いま求められる防災教育について「負担の軽減」「インストラクショナルデザイン」「継続性」の三つのポイントに整理して紹介します。
●本講の内容
はじめに
1 子どもの発達段階に応じた防災教育実践
(1)小学校段階「キッズサバイバル教室」
(2)中学校段階「地域に根ざした防災教育」
(3)高校段階「助けられる側から助ける側へ」
(4)大学段階「防災教育の指導者を育てる」
2 いま求められる防災教育
(1)学校・教員に負担がかかりすぎない防災教育
(2)インストラクショナルデザインを意識した防災教育
(3)継続できる防災教育
3 これからの防災教育
はじめに
防災教育実践では「目的・目標・手段」の整理が重要です。例えば「災害(地震)から命を守る」という目的のため、「(地震時の)安全行動ができるようになる」という学習目標を設定し、「緊急地震速報が聞こえたら姿勢を低くして頭や体を守る」訓練という手段を用いて、実践後は目標が達成できたか評価する、等が考えられます。子どもの発達段階によって理解力や判断力は異なりますので、防災に関わる様々な資料、指導方法、教材の中から適切なものを選択して、実践する必要があります。次項で実例を示しながら、学習目標や指導方法(手段)選択のポイントについてご紹介します。
Ⅰ 子どもの発達段階に応じた防災教育実践
本稿でいう「子どもの発達段階」とは文部科学省「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」最終報告書によります。
(1) 小学校段階「キッズサバイバル教室」
小学校段階の目的は「災害(地震)から命を守れる」こととしました。これは全ての段階を通じて重要な目的ですが、この事例では「災害時の様々な危険を知り、対応できるようになる」ことを学習目標として設定しました。手段として「キッズサバイバル教室」をテーマに児童と保護者が一緒に防災について学べるプログラムを放課後子供教室で実施しました。家具転倒防止や非常食づくり、人形を使った搬送体験など楽しみながらできるプログラムに加えて、スタンプシートを用意する工夫をしました。スタンプシートにスタンプを押す(いくつも体験する)ことで、災害時の危険を理解し、対応方法を学ぶことになり、それが「災害から命を守れるようになる」という目的につながります。この段階では、楽しく関心を持てる手段であることが以後の発達段階における防災教育にとっても重要です。
(2) 中学校段階「地域に根ざした防災教育」
中学校段階の目的は「個人から学校・地域に視野を広げる」こととしました。自分のことだけでなく、学校として、地域としての防災に視野を広げることでより幅広い学習が可能になります。この事例では「地域の災害を知り、対応できるようになる」ことを学習目標として設定しました。手段として地域にある防災体験施設での体験学習や、地域で想定される地震・火災・水害等に応じた避難訓練、近隣住民の避難を想定した避難所運営訓練などを実施します。また、防災教育専門家による教員研修も行なっています。この段階では、仮に学校が避難所となった場合に生徒(教員も)がボランティアとしても活動できるような、実践的な手段を選ぶことが求められます。
(3) 高校段階「助けられる側から助ける側へ」
高校段階の目的は「地域社会に貢献するため自ら行動できる」こととしました。高校生として、防災を通じた地域社会への貢献を理解することで、社会の一員としての自覚も促します。この事例では「助けられる側から助ける側になる」ことを学習目標として設定しました。手段として事前学習で災害について学習し、次に市区町村防災課、消防署・消防団、社会福祉協議会など高校を取り巻く防災関係機関の協力を得た救助救出、避難所づくり、要援護者支援等の体験プログラムを、事後学習で災害対応を時系列に考えるワークシートを実施します。事前・体験・事後という3段階の学習により、自分に何ができるのかを明確にします。この段階では、社会の一員であることを理解するためにも、自分たちは助ける側にもなれること、お互いに助け合うことの大切さを学べる手段が重要です。

(写真)避難所設営を体験する高校生
(4) 大学段階「防災教育指導者養成」
大学段階の目的は「防災教育の成果を地域・社会に還元する」こととしました。この事例では「習得した防災の基礎知識や技能を活用し、児童生徒に指導できるようになる」ことを学習目標として設定しました。手段として大学で「災害ボランティア養成講座」を開講し、消防OBによる座学や上級救命技能講習、防災ワークショップ、施設での災害模擬体験等を実施しています。講座修了生は学校・教員と共に防災教育のプログラムを考え、児童生徒の指導も行います。この段階では、単に防災について学ぶだけでなく、自らが学んだ知識や技能を地域・社会に還元していく経験(学校での防災教育の機会等)を与えられるような手段を選ぶことが理想的です。

(写真)高校生に防災を指導する大学生たち
Ⅱ いま求められる防災教育
こうした子どもの発達段階に応じた防災教育の実践経験から、いま求められる防災教育について大きく3つの視点で整理しました。
(1) 学校・教員に負担がかかり過ぎない防災教育
第一の視点は防災教育実施に係る学校・教員の様々な負担の軽減です。そこで、僕が提案しているのは「地域(外部団体)との連携」です。高校段階での実践例は多くの高校で取り入れられていますが、その要因として地域連携と学校・教員の関わり方のバランスが取れている点にあります。学校にとって負担となるような人員や指導ノウハウの不足は、消防や市区町村防災課との連携で解決できる可能性があります。但し、全てを外部に任せてしまうと、学校としてのねらい(学習目標)が達成できないことも考えられます。上手に地域(外部団体)の力を活かした防災教育が求められます。
(2) インストラクショナルデザインを意識した防災教育
第二の視点はインストラクショナルデザイン(教育工学、以下「ID」)を意識した防災教育です。IDは学習目標を細かな課題に分解し、段階的に達成を確認、評価する仕組みのことです。少し分かりにくいので事例でご説明します。
僕がある高校で地震防災に関する講演会を行った時のお話です。講演後に男子生徒が来て不安そうに「これから大きな地震が来るんですよね…?どう生きていけばいいんですか…?」と聞いてきました。皆さんなら、どう答えるでしょうか。この生徒の質問をIDで分解してみます。
講演会によって彼は「地震が起こるかもしれない事実」を認識しました。この認識がなければ地震が起きた後の助けられる側や助ける側のことも理解できません(しない)ので、彼は第一段階の課題は達成したと考えます。次に「どう生きていけばいいか分からない」という発言からは「地震による様々なリスクへの対応が分からない」ということを意味しています。従って、彼には具体的な体験学習による地震後の対応を学ぶ機会が必要と考えます。そこで、高校段階で紹介した防災体験学習を行います。その結果が、事後学習のワークシートで示されることになります。生徒の自己評価や具体的な事例は月刊生徒指導2011年10月号に掲載されておりますので、ご参照ください。
ただ単に話を聞かせる、体験させるだけの防災教育ではなく、学習目標や児童生徒の理解度を意識した防災教育が求められます。
(3) 継続できる防災教育
第三の視点は継続できる防災教育です。防災教育は大掛かりな体験や専門家による講演でなければいけないということはありません。例えば、いま教育機関でも注目されつつあるのが米国生まれの防災訓練モデル「ShakeOut(シェイクアウト)」[i]です。訓練内容は単純で、地震の発生を想定した日時に「Drop(ドロップ:姿勢を低く!),Cover(カバー:頭と体を守って!),Holdon(ホールドオン:揺れが収まるまでじっとして!)」という合言葉で安全行動をとるだけです。この訓練の最大の特徴は、訓練実施日時や内容が広く学校だけでなく市区町村、都道府県単位で告知され、それぞれが同じ日時で一斉に行う点にあります。学校としての負担は少なく手軽にできますが、地域一丸で行う訓練は家庭やメディアの話題になり、児童生徒の防災に対する関心を高める効果もあります。
負担が大きい防災教育が優れた防災教育ではありません。簡単な内容でも、学校が主体となって継続できるような防災教育が求められます。
Ⅲ これからの防災教育
これからの防災教育では「どうすれば自分の学校(発達段階)に適した教育を行うことができるか」という点が注目されることでしょう。そこで参考になるのが「防災教育チャレンジプラン」[ii]のホームページです。同ホームページでは2001年度以降の全国の防災教育事例を子どもの発達段階や時間数等に応じて検索することができます。新しい取り組みを試行錯誤しながらつくり上げるのは大変ですが、過去の事例に学びヒントを得ることで、より効果的な防災教育実践につながります。
本稿がこれから防災教育にチャレンジしようとしている学校や先生方、あるいはすでにチャレンジされている皆さまのヒントとなることを願って、結びとさせていただきます。
本稿で紹介したいくつかの事例が広報誌「みんなの生涯学習第108号-助け合う防災教育-」(東京都教育庁地域教育支援部生涯学習課発行)[iii]に掲載されていますので、併せてご覧ください。