防災ミニ講座

第27回【教材あり】災害VC運営訓練・ボランティア対応ロールプレイ

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【サマリー】
社会福祉協議会等が開設・運営する災害ボランティアセンター(VC)は、被災地にとって欠かすことのできない組織です。各地区の社会福祉協議会で訓練が行われていますが、マニュアルや様式が整備できていない、実践的な訓練に取り組めていない、ということころもあるようです。本記事・教材ではどんな地域でもある程度柔軟に対応できる、訓練用教材と災害VCの基本についてご紹介します。

 


1 災害ボランティアセンター(VC)とは

 

災害ボランティアセンター(以下「災害VC」)とは、大規模災害が発生した際に、被災した地域・住民を支援しようと駆けつけるボランティアの力を有効に活かすために、支援を必要とする人(活動先)と活動を希望する人(活動者、ボランティア等)をコーディネートする役割や活動中の安全衛生管理などを担い、被災地域の復旧・復興支援に取り組む組織のことです。常設(災害が起きる前から)されている地域もありますが、ほとんどは災害が発生した後に、地域の福祉活動に取り組む社会福祉協議会(以下「社協」)等により、自治体との協定に基づき開設されます。

 

注意しなければいけないのは「ボランティアセンター(市民活動センター等ともいう)」は常設されていることが多い、ということです。同じ「ボランティアセンター」でも「災害ボランティアセンター」とは役割が異なります。ほとんどは社協の中で運営されていますが、独自に設置されている場合もあります。地域のボランティア活動全般(災害ボランティアも含めて)を「ボランティアセンター」もしくは類似の組織が担うことが多いです。一般的に略して「ボラセン」と言っています。より詳しく知りたい方は、最寄りの市区町村社協や"ボラセン"を調べて、お問い合わせください。参考までに、筆者が10年以上お付き合いのある、豊島区民社協さんのリンクを掲載しておきます。

豊島区民社会福祉協議会
豊島ボランティアセンター
災害ボランティア登録者大募集!

 

1.1 関係機関の整理

まず災害VCに関わる機関や団体を整理しておきましょう。

 

▼都道府県(行政)
都道府県は危機管理・防災課等が「災害対策本部」を立ち上げ、ボランティア(市民活動)や医療福祉、教育等に関わる各部署が災害対策本部と共に災害対応にあたります。都道府県の枠を超えるような大規模災害時の広域連携調整などで関わることが多いでしょう。首長の判断や発言が災害VC運営や広域連携に大きな影響を与えることもあります。都道府県社協と共に平時から連携しておくことが求められます。

 

▼都道府県社協
県域での災害VC(災害ボランティア本部等ともいう)を開設・運営したり、都道府県や他県、市区町村社協による災害VCの連絡調整を行います。よく勘違いされるのが「都道府県社協は市区町村社協の上部組織=本社と支社、"上から落とせば"=比喩的表現です=いいだろう」といった考え方です。あくまで市区町村のことは市区町村のことであり、都道府県社協の指示命令に従うといった関係ではありません。

 

▼市区町村(行政)
市区町村は都道府県と同様、災害対策本部や関係部署による対応を行います。市区町村の社協や関係組織と地域防災計画等に基づく協定を締結し、災害VCの開設・運営に関わります。市区町村社協の災害VCマニュアルでは「市区町村からの要請を受けて」開設する、という項目が含まれていることが多いです。

 

▼市区町村社協
災害VCの実務的な運営を担います。市区町村をまたがる被害が出ることもあるため、近隣社協との連絡調整や、災害VCの設置場所と被災場所の中継地点となる「サテライトセンター」の運営も行います。但し市区町村社協の人員では到底対応しきれないため、県域を超えた社協職員やボランティアの応援を受けながら対応します。

 

▼各種連絡会・協議会、職能団体、広域ネットワーク等
県域、市区町村で「連絡会・協議会」を設置し、連携体制を整えている地域もあります。社会福祉士会や介護福祉士会などの職能団体や、専門NPO・NGO等による広域ネットワーク組織等も災害VC運営に関わることがあります。

 

1.2 迅速かつ適切な支援のための広域連携

災害VCは社協職員や、上記の関係団体が連携して開設・運営されます。ですが、災害によって被災地の社協及び職員が被災することもあります。そうした場合に備えて、関係団体などによる広域連携による職員派遣などの支援も行われます。被災地の社協に全国から他地域の社協職員やボランティア等が駆けつけ、災害VCの運営支援などに携わっています。

その経験を全国的な支援体制として整えよう、という動きもあります。課題は様々ですが、経験豊富なNPO・NGOや内閣府(防災担当)も関わりながら、そのような体制が検討されています。災害VCは被災者支援の中核的な役割を担い、行政対応が行き届かない細やかな生活上のニーズに対応していくうえで重要な組織だと認識されている、と言えます。

だからこそ「外部からの支援をどう受け入れるか」という『受援(じゅえん)』の考え方も重要になるですが…これはまた別の機会に。

 

1.3 設置・立ち上げ・運営・閉所(移行)について

細かいことですが大事なポイントです。

災害VCは原則として被災地の社協が『設置』します。『設置』とは「私たち(都道府県または市区町村あるいは両方)は◯◯(場所)に災害VCを開設しますよ!」と公に発表することです。災害VCを立ち上げることと、その場所が決められたという状況です。『設置』の判断は各社協のマニュアルに定められていますが、原則として自治体の要請に基づく社協内の災害対策本部(社協の会長、役員、事務局長等で構成される。自治体の災害対策本部とは異なります)の判断で行われます。概ね、災害発生から24時間以内に判断されます。

『設置』は立ち上げと場所が決まっただけで、中身は空っぽの状態です。次に『立ち上げ』に移ります。『立ち上げ』の段階で、指定された場所への人員配置(職員や支援者のスケジューリング・労務管理等)や資機材搬入などを行います。災害VCが機能できる状態にします。概ね『設置』から72時間以内に『立ち上げ』が行われます。

次に『運営』です。『立ち上げ』された災害VCを、閉所または移行するまで継続していくこです。次項で示すような役割を担いながら、被災地・被災された方の生活支援を中心に活動します。

最後が『閉所(移行)』です。災害VCはあくまで災害によって被災された方の生活支援が中心です。そして、その支援が"通常の社会福祉協議会の福祉的業務"や地域住民同士の互助で行えるようになり内外からのボランティアの必要性がなくなる(あるいは相対的にきわめて小さくなる)ようになれば、閉所・移行の時期です。『閉所』という表現だと「もう何もしてもらえないのか」という印象をあたえることもありますので、「復興支援センター」というように名称を変えて『移行』する場合もありますし、社協や常設のボランティアセンターの中に機能が取り込まれる場合もあります。

 

1.4 主な役割

災害VCの主な役割は以下の5つが一般的です。他にもいろいろな考え方がありますが、まずこの5つをなるべく早急に行える態勢づくりが重要と言えます。

(1) 被災された方、地域の現状をできるだけ細かく把握・整理すること
(2) 災害ボランティアに関する情報収集・発信
(3) 被災された方からの要望、ボランティア派遣依頼(ニーズともいう)の把握
(4) ボランティアコーディネート(調整)機能の発揮
(5) 行政や関係団体・機関との連絡調整

 

2 運営に係る主要業務7分類

ここで示す各班の名称、業務は一例です。詳しくは最寄りの社会福祉協議会、ボランティアセンターで作成されている、災害ボランティアセンターのマニュアル等をご参照ください。
本記事では主要な業務を7つの「班」で編成しており、関連業務を「係」として分類しています。これは組織的な危機管理・対応においてかねてから国内でも導入が必要とされているICS[Incident Command System,米国で生まれた現場指揮システム、警察・消防・軍など異なる組織が連携して活動できるよう、命令系統や管理方法が標準化される]において、指揮者・管理者が管理できる部下の人数が3人~7人と想定されていること、概ね5人程度が最善であることなどを考慮しています。

 

2.1 センター長、副センター長(班長会)

センター長、副センター長及び班長会(スタッフミーティング)は、災害VC全体の統括や方針、意思決定が主な役割です。基本的には各班長からの報告・連絡・相談をもとに決めていきますが、各班長からの情報は他班に関わることもあります。センター長や副センター長の一存では解決できること、できないことがありますので、必要に応じて班長会を臨時で開く、行政や関係団体との会議を開くことも重要です。いざというときに体調を崩したり、相談したいときに見つからなかったりすると大変です。どっしり構えてもらい、必要な時にすぐ対応していただけることが重要です。

 

2.2 総務班

▼総務・会計係
災害VCはボランティアと被災者(ニーズ)をつなぐ、という役割を果たすために、それぞれへの対応だけでなく組織的・継続的運営のための様々な事務処理が発生します。前述した関係団体などとの連絡調整に係る文書作成や連絡調整、財務会計に関する事務などです。業務内容が内容だけに、原則として社協職員が担うことが多いようです。財政や会計に関する専門的な知識がある、活動経験が豊富と(自称する)いう場合ても、まったく見ず知らずの外部ボランティアなどに財務会計や重要な連絡調整を任せるはリスクが大きすぎます。職員が担えるよう、日頃の教育訓練が求められる役割です。

 

▼情報・広報係
被災地の情報収集やチラシ、ホームページやSNSを使った情報発信・広報などを行います。昨今ではホームページやSNSを調べて被災地に行くことが当たり前になっています。ホームページやSNSへの記載内容やタイミング次第で、その日その週末のボランティア数が大きく増減することがありますので、災害VCの広報周知を考えるトレーニング・プログラムがあるほどです。また、地元メディアとのお付き合いも重要です。ボランティアや何らかの支援が必要な場合、個人レベルでメディアに情報が届くと後でトラブルになることもありますが、きちんと災害VCや災害対策本部を経由して情報共有しておくことが効果的な支援につながります。初期は大手メディアが入ることが多いかもしれませんが、最終的な住民支援の力になるのは地元メディアです。情報・広報係の大切なパートナーと言えるでしょう。

 

▼総合受付係
災害VCにはひっきりなしに各方面から電話がかかってくることもあり、専属の半編成をしたほうがスムーズです。行政・社協等の本部からの情報、ボランティアや外部団体からの問い合わせ、被災された住民からの連絡など様々です。速やかに対応しながらも、重要な情報はきちんと記録・伝達することが求められます。この時点で各班に情報をまわしても具体的な対応は難しいので、確認が必要なことは総合受付から各班へ確認し、回答するようにします。規模が大きい場合は総務班から独立させる方法もあります。

 

2.3 ニーズ(ボランティア依頼)班

▼ ニーズ係
総合受付からのニーズ依頼を精査、必要に応じて確認してニーズ票を作成します。ボランティアに対する指示・連絡のベースとなるので、ニーズ票を分かりやすく具体的にする、関係する資機材や情報を整理しておくなどが求められます。

 

▼ 地図作成係
予め災害VCまたはサテライトセンターが担当するエリアの住宅地図をもとに、地図のベースを作成しておきます。ベースに記入するなどして、ニーズ票に添付する活動先地図などを作成します。近年は被災地でも電源・インターネット等の環境が整っている場合も多く、ボランティアもスマートフォンやタブレットを持参しているので、QRコードを作成したりナビを活用したりしています。ただ、それらが使えない方もいるのでアナログ地図の作成も重要です。

 

▼ 現地調査係
ニーズ票、地図を基に活動先の状況を調査します。ボランティア依頼が本当にボランティアで対応できる作業なのか、期間や人数、資機材、アクセス、依頼者の状況などを確認します。この確認がないとボランティアを派遣してもうまく活動できない、トラブルが起きるといったことが想定されます。このため「ボランティア依頼からボランティア派遣には2日以上かかる」場合もあることを念頭に置くことが必要です。

 

2.4 ボランティア受付班

個人、団体のボランティアの受付や登録作業、ボランティア保険天災コースの加入確認、名札作成、集計などを行います。時間によって業務量に差があり、一般的には朝の受付時がピークで、以降は集計作業などが中心となり、余裕があれば他班のサポートなどを行います。

 

2.5 コーディネート班

▼オリエンテーション係
ボランティアに対するオリエンテーション(ルールや流れ、注意事項の説明や各種案内等)を担当します。人数が少ない場合は他班・他係兼務でも良いのですが、ボランティアの人数が増えてくる(500人~1,000人以上/日など)と専属の人がいないと対応しきれなくなります。送り出しや迎えを兼務する場合もあります。一部のオリエンテーション(案内誘導や資料配布など)業務には地元の中高生が参加することも少なくありません。中高生から支援の希望があれば、こうした活動に取り組んでもらうことも効果的です。

 

▼コーディネート係
ボランティア受付の情報と、ニーズ(ボランティア依頼)の情報を元にコーディネート(調整)します。単純に「その日のボランティア:ニーズ」という関係だけでなく、都道府県域を超えた支援や長期的な支援、大人数の継続的な活動との調整なども含まれます。言葉で説明する分には簡単なのですが、実際にやろうと思うとかなり複雑で慎重な判断を迫られるケースがあります。負担も大きくなるので「デキる人」にだけ任せっぱなしにすると、いざというときのリスクが大きくなります。できるだけ複数人で手分けをしつつ協力して業務にあたります。専門的な知識や経験を備えた方もいますので、そうした方々の力を借りるのも有効です。
ただし、「専門的な経験がある」ことが優れたコーディネーターの要件とは限りません。「なんとなくテキパキ動いていくれる、地元の元気なおじちゃん・おばちゃん」といった方がコーディネーター的役割を果たしている場合も多々ありますし、経験豊富でもトラブルの原因になるようなコーディネーターがいる場合もあります。できるだけ、地元の方や社協職員中心で回せるような平時の教育訓練、組織化ができると良いでしょう。

 

▼マッチング・送り出し係
コーディネートが完了したものをボランティアに伝え、チーム編成やリーダーの指定、活動についての個別オリエンテーション、出発から報告までの流れの説明などを担当します。ある程度慣れているボランティアの方であれば、流れや注意事項などはわかっているので多少省略することもできますが、どこに何があるか分からない、次にどうしたらいいか迷ってしまう、といった初めての方が多い場面では重要な役割です。

 

2.6 資機材・車両管理班

ボランティアが使用する資機材や車両の管理をします。活動によっては資機材や車両の数が非常に多くなるので、ボランティア向けと災害VC運営向けは分けてください。災害VC内部の資機材や車両の管理は総務で管理すると、ボランティア用と混在しにくくなります。

 

2.7 安全衛生・救護班

ボランティアの安全衛生のため、消毒作業や案内周知を行います。資機材管理班と活動エリアが近くなります(戻ってきたボランティアの泥落としや消毒、各種消毒液や薬品関係の管理など)ので、必要に応じて資機材管理班と共に活動します。救護班はできるだけ分かりやすい場所に設置し、看護師や保健師など医療従事者や応急手当の知識がある方にご協力いただきます。また、いざというときのために近隣の医療機関や重篤な症状がある場合の緊急搬送方法なども検討しておきます。

 

3 ボランティア活動の流れ

一般的な災害VCにおけるボランティア活動の流れです(下記)。細かい点で違いはあるかもしれませんが、大筋は変わりません。「郷に入っては郷に従え」という言葉もありますが「絶対うちのやり方のほうが効率的だ、こうすべきだ」という意見は大事だと思いますが、原則はその地域のやり方に沿って行います。なぜなら、その地域・社協はその流れで訓練を続けている可能性があり、それを安易に変えれば関わる全ての人に影響するためです。

外部支援の方で、本人は改善に向けた善意なのですが「言うだけ言っていなくなってしまう」方もいます。
ですが被災地・地元社協の方は長距離走、しかもゴールが見えない長距離走です。これまで10km走ってきて、これから100kmかそれ以上、走るかもしれないと人に対して、100mしか走らないと分かっていて、あと10m走れば良い短距離走の人はどのような言葉をかけるべきでしょうか。
「なんでそんなゆっくり走ってるんだ!」とは、言いませんよね。

少し話がそれましたが…活動の流れや各種様式の扱いは地元の状況をくれぐれも尊重していただき、変更や修正はたとえそれが合理的な方法であったとしても、必要最小限に留めるようにしていただければと思います。

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(下記教材訓練様式_7)

 

4 災害VC訓練用プログラム教材「ボランティア対応ロールプレイ」

実際に災害VCの役割や各班業務を意識しながら行う訓練プログラムについてご紹介します。なお『ロールプレイ』とは、台本(ロールカードという場合もある)に定められた役割に従って演じるものです。今回ご紹介するのは「災害VCの運営スタッフ役」と「一般の個人ボランティア役」に分かれておこなうロールプレイのプログラムです。

 

4.1 教材ダウンロード

下記に教材資料集をzipファイルでアップロードしています。別途「解凍ソフト」が必要な場合があります(WIndows10などではダブルクリックするだけで開けます。うまく閲覧できない場合は個別にお問い合わせください。教材はすべて編集可能・再利用自由です。使用に際しての許可申請なども不要です。ご自由にお使いください。

▶ 【教材セットダウンロード】saigaivcrpg_siryou2016.zip
▶ 【アンケート結果ダウンロード】saigaivcrpg_kaitou2016.pdf

 

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詳細は上記資料集の中にある「参加者資料_1 ボランティア対応ロールプレイ説明資料」や「参加者資料_2 タイムテーブル等事務資料」を参考にしてください。

 

4.2  実施のようす

教材作成及び写真提供は都内社協様にご協力いただきました。

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5 まとめ

上記で紹介した教材・プログラムは、大きめの会議室が1つあればできますし、指導員なども必要ありません。実際に、最初は僕がご協力しますが、その後は各社協内部で研修を続けられているところもたくさんあります。すでにマニュアルがあって、訓練を続けられているところはそちらの参考にしても良いですし、これからマニュアルをつくる、あるいはまだ訓練を実際にやってみたことはない、というときはこちらのサンプルをそのまま使って練習しているのもよいでしょう。

社協職員の皆さま、関係団体の皆さまの教育訓練の一助となれば幸いです。

 


宮﨑 賢哉 / 災害救援ボランティア推進委員会主任、(一社)防災教育普及協会事務局長
 阪神・淡路大震災以降に被災各地で活動し、2002年にセーフティリーダー認定。学内で学生団体を設立し、災害支援や防災に取り組む。2004年(公財)日本法制学会(災害救援ボランティア推進委員会の運営法人)入社後は、経験を活かして大学での災害救援ボランティア講座や学生支援を担当。教育・福祉、公園指定管理など幅広く活動中。

第26回 防災教育とアクティブ・ラーニング

第26回 防災教育とアクティブ・ラーニング
~学校・家庭・地域における効果的な防災啓発~

 

1 本記事について

本記事は平成28年1月に気象庁で開催された気象キャスター向け講習会『防災教育とアクティブ・ラーニング~より効果的な防災啓発に向けて~』における講義資料につい補足説明を加えたものです。なお、同様の記事は『先生のための教育辞典 EDUPEDIA』にも掲載されています。読者の方にとって【防災教育とアクティブ・ラーニングについての基本的な用語や考え方を理解し、学校・家庭・地域等での効果的な防災教育、防災啓発について考えるヒントになる】ことを目的に執筆しています。

本記事の構成は以下のとおりです。

 

  1. 本記事について
  2. 講義スライド
  3. アクティブ・ラーニングとは
  4. 目標を明確にする力
  5. 評価と改善の考え方
  6. 模擬授業
  7. 地域における効果的な防災教育
  8. まとめ

 

本記事は学校における防災教育の視点を中心に構成しています。地域における防災教育の実践については下記の記事をご参照ください。
●地域における防災教育の実践に関する手引きの解説と教材紹介

 

2 講義スライド

研修で使った講義スライドを「SlideShare」にアップロードしています。自由に閲覧・ダウンロードできますので、こちらを参考にしながら本記事を読み進めていただくと、分かりやすくなります。SlideShareを閲覧できない場合や、印刷したい場合はPDF版をご利用ください。

【外部リンク】気象キャスター向け講習会「防災教育とアクティブ・ラーニング講義資料
【外部リンク】気象キャスター向け講習会「防災教育とアクティブ・ラーニング講義資料PDF版
※PDF版をダウンロードできない場合はお手数ですがこちらのフォームからお知らせください。

 

3 アクティブ・ラーニングとは

まず冒頭に「アクティブ・ラーニング」についての理解を確認しました。「アクティブ・ラーニング」とは何か、ということについて説明できる人がいますか、と聞いたところ、どなたもいらっしゃいませんでした。何となくは分かるのだけど、具体的にと言われるとよく分からない。そんな方も多いと思います。用語の理解は研修の前提条件ですので、文部科学省と研究者の方による定義をそれぞれ見てみましょう。

 

3.1 定義の確認

文部科学省が平成24年8月28日付で公開している用語集によりますと『学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称』であると定義できます。アクティブ・ラーニングの実施によって認知的、倫理的、社会的な能力、教養・知識・経験を含めた汎用的能力の育成を図る、と続きます。また、京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上氏によりますと『一方的な知識伝達型講義を聴くという受動的学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと』であると定義できます。もちろん、定義だけでは考えられないこともたくさんありますが、詳しくはアクティブ・ラーニングについて記載された他の記事などをご参照ください。

 

3.2 キーワードは「能動的な学習」

どちらの定義付けにも「能動的」という記載があります。つまり能動的な学びであることが、アクティブ・ラーニングにおいて欠かせない要素であるということです。では「能動的」とはいったいどういう学習のことでしょうか。ごく簡単に例示してみます。

 

Aくんの「主体的な学習」

例えば中学生のAくんが【防災】について学ぼうと思った時、気象災害について関心を持ち、自分で気象庁のサイトにアクセスして関連する用語を調べてノートに自分の考えをまとめたとします。これは「主体的な」学習と言えます。自らの行動や成果に対して、主体性や自発性が認められるためです。但し学習に「他者への積極的な関与」がないため「能動的な」あるいは「協働的な」学習とは異なります。

 

Bさんの「能動的な学習」

同じく中学生のBさんが、【防災】について学ぼうと思った時、班の仲間と一緒に自分の地域で起こりそうな気象災害を調べ、みんなで対策を考えて壁新聞を作って発表したとします。これは「主体的」であり、かつ「能動的」な学習と言えます。自らの行動や成果に対する主体性や自発性だけでなく、他者への積極的な、双方向の働きかけ=能動的な学習が認められるためです。

 

2人の違い

両者の違いは「他者との関わり」、溝上氏によるところの「認知プロセスの外化※詳しくはスライド参照」を伴うかどうか、ということです。Aくんの学習法が間違っているとかダメだとかいうことではありません。むしろAくんのように正しい基礎知識を習得しておくことが、能動的な学習の効果を高めることつながります。能動的に学習を進めたBさんがその学習に必要な知識を持たない、誤って理解している場合は、本来の目的を達成できない可能性があります。
防災教育に関しては、知識・技能の習得が直接命に関わる場合もありますし、また必要な知識の内容や難易度も様々なです。「主体的・協働的」を重視するアクティブ・ラーニングの実施において、学習テーマや発達段階に応じた基礎知識の習得と確認は必須と言えるでしょう。

細かく踏み込むといろいろ考えなければならないのですが、本記事及び筆者の理解では『アクティブ・ラーニング(特に防災教育における)とは、学習内容と目標の理解に必要な知識・技能があることを前提とした、能動的な学習方法のこと』というくらいでご理解いただければと思います。


(他者との関わりが生まれてはじめてアクティブ・ラーニングになる)

 

3.3 主な手法の分類

アクティブ・ラーニングの手法は大きく5つに分類されます。特徴は前述のとおり「1人では完結しない」ということです。体験学習型については、体験だけなら1人でもできますが、そこで得た学びや気づきを共有する過程を含むことで、アクティブ・ラーニングの手法の1つとして分類できます。

これらの分類は防災教育においても適用されます。いわゆる「防災教育推進指定校」や「モデル事業校」、あるいは何らかの支援事業等で受賞するような「優れた防災教育実践事例」を調べると、必ずこれらの類型に該当する授業・学習が行われています。それだけ、防災教育にとってアクティブ・ラーニングは親和性が高く、また必要性があると考えられます。

 

4 目標を明確にする力

防災教育研修などでもよくお伝えしていることのひとつに『メーガーの3つの質問』があります。

 

4.1 メーガーの3つの質問

 

  1. Where am I going ?(私はどこへ行くのか)
  2. How do I know when I get there?(到達をどのように知るか)
  3. How do I get there?(どのように行くか)

 

講演会や研修会で話を聞いていて「この人の言っていることはスゴイことなのだろうけど、結局何を一番言いたかったのか、よく分からなかったな」ということがあります。防災教育のプログラムや教材についても同様のことが言えます。

プログラムや教材、授業づくりにあまりに熱心になりすぎると「何を教えるためのものか」という目標が見えなくなることがあります。作業をしているときは「これが一番だ、これしか方法がない!」と思うのですが、他の人に教材や指導案を見て感想をもらったりすると「最初から●●は▲▲って、教えればいいだけじゃない?」みたいなことが起こってしまい「言われてみればそうかも…」とがっくりします。こうした事態は、メーガーの3つの質問ひとつひとつを常に意識することで防ぐことができます。

 

4.2 目標を明確にする力

アクティブ・ラーニングは学習者による思考、気付き、話し合いが中心です。「何のために」ということをはっきりさせておかないと、本来の趣旨とは全く関係のない話をして終わり、見当違いのことばかり考えてしまう、ということにもなりかねません。ですからアクティブ・ラーニングでも防災教育でも、まず身につけるべき授業力で大切なのは『目標を明確にする力』であると言えます。

 

4.3 防災教育の目的、目標の考え方

では、防災教育では具体的にどのように目的を考えればよいでしょうか。なお「目的」と「目標」は意図的に使い分けています。「目的」とは最終的に目指す、達成したいものやことであり、「目標」は目的を達成するための通過点、目安=標(しるべ)です。
ポイントは「目的を見据えたうえで、学習目標として設定する知識や技能は出来る限り細分化する」ということです。よくやってしまいがちなのが「命を守れる生徒になる」といった目標設定です。間違っているわけではないのですが、それは「目的」と言えます。考えるべきは「命を守れる生徒になるという目的にどのように至るか」であり、「どういう生徒が命を守れる生徒なのか」、「どんな知識を得て、どんな技能や態度を身に付けることで命を守るのか」ということを細分化した「目標」です。そして、授業、つまりアクティブ・ラーニング等はその「手段であり過程」になります。

下記の図は、僕が防災教育を考えるうえで意識している、細分化の考え方を示したものです。「命(いのち)」の段階を3つで整理し、学ばせたい知識や技能がどの段階に当てはまるものか、その前提として何が必要かの一例をまとめています。

理想的には「いのち(生命)、生活、人生」の順番にそれぞれで必要な知識や技能を身に付けていくことが望ましいのですが、興味関心の高いテーマや、分かりやすいテーマから取り組むことも学習成果につながりますので一概には言えません。いずれにしても、防災教育の授業者(教員、指導員)には、学ばせたい防災知識・技能が児童生徒等の「命を守る」ための目的にどのタイミングでどう結びつくのか、よく考えておくことが求められます。

 

4.4 学習課題と目標行動

目標を具体化させていくうえでのヒントをご紹介します。学習課題の整理と目標行動の明確化です。その防災教育で児童生徒に身につけさせたい知識や技能を、下記の「ガニェの学習課題の5分類」や「目標行動」に当てはめてみましょう。皆さんが伝えたいと考えている知識や技能はどのような課題に対するものであり、具体的にどのような行動に結び付けたいのかを整理することができます。

もし、こちらを見てもイマイチ整理ができない、よく分からないという場合は、前述した「細分化」に改めて挑戦してみましょう。複数の行動が混ざっていると、目標行動が分かりにくくなります。一度の授業で伝えるのはできればひとつに絞り込みたいものです。それでもうまくできない場合はお気軽にご相談ください。一緒に考えてみましょう!

 

5 評価と改善の考え方

効果的なアクティブ・ラーニングや防災教育・啓発には評価と改善が欠かすことのできない要素です。前述しているように、アクティブ・ラーニングは往々にして手段ばかりが注目され、目標設定が曖昧になってしまいがちです。その理由のひとつが「評価」について考えきれていないことにあります。アクティブ・ラーニングや一部の防災教育については、通常のペーパーテストのように正解不正解だけで考えることができません。正解と不正解の境界線が、条件によって変わってくるのが災害時です。だからこそのアクティブ・ラーニングなのですが、そうなってくると「どうやって目標達成を評価すればいいのか」という課題にぶつかります。

 

5.1 評価と評定

まず評価と評定について分けて考えます。大前提として「防災教育を一過性のイベント教育ではなく、一定の期間をもって行う」こととします。その場合に毎回の授業でフィードバックを行うために行うものが「評価」です。この段階では抽象的でも構いません。例えば「積極的に自分の意見を発言したり、議論に参加していたな」と思ったらA評価、そうした行動や態度が何らかの原因で見られなかったらB,C評価とし、次回以降に活かします。最終的には学期末等でその単元(防災教育)について「どの程度、目標を達成できたのか」を具体化させる必要があります。そこで、毎回の授業で行ってきた「評価」のデータを積み上げていきます。Aが●回、Bが●回、Cが●回、とその合計値を算出して平均値を割り出し、数値化(5段階等)するのが「評定」です。

防災教育もアクティブ・ラーニングも「その授業で良い成績を出す、態度を示すことができなかったからダメだ」というものではありません。その時、できなくてもそれが学びとなって次回以降に大きく伸びる可能性もあります。その意味でも、防災教育もアクティブ・ラーニングも、ある程度長期的な視点で考え、2回以上の授業の組み合わせのなかで評価・評定を行うことが理想的です。

 

5.2 授業改善のためのADDIEモデル

評価や評定も含めた授業を行ったら、次回以降に向けた改善を行います。ADDIEモデルは分析、設計、開発、実施、評価の5つの段階で授業内容等を改善するものです。学習者(児童生徒等)や学習目標等についての分析、授業や教材についての設計と開発(分けているのがポイント。いきなり作り始めるのではなく、「メーガーの3つの質問」などを踏まえた設計図を描いてから、開発に取り組む)、授業の実施、評価・評定とそれに基づく改善という流れです。効果的な防災教育のとアクティブ・ラーニングは、継続的な実施と改善によって初めて実現されます。出来る限りこうした「型」にはめ込んでブラッシュアップしていくと、抜け漏れが少なくなります。

 

6 模擬授業

もっとも身近でシンプル、学校・家庭・地域のいずれにおいても活用できるアクティブ・ラーニング対応の教材をご紹介します。教材のダウンロード及び詳細は下記の記事をご覧ください。
●プリント1枚で防災教育シリーズ『うさぎ一家のぼうさいグッズえらび』(EDUPEDIA版)

 

6.1 授業のコツ、ポイント

非常持出袋の内容を考える、という授業そのものは珍しいものではありません。よく取り組まれている内容です。この教材の特徴は、話し合いや思考のヒントになる「模擬家庭」を設定していることです。

「被災後でも家族が必要最低限の、健康を維持する生活ができる」という目的に向けて「非常持出袋に適切なグッズを選択し準備できる」という目標について適切な思考、話し合いを進めるためには「家庭や生活環境」を念頭に置く必要があります。

防災ハンドブックなどで紹介されているグッズは「最大公約数」、つまりあらゆる状況において、必要であると考えられるものです。ですが多くの場合は品目が掲載されているだけで、数量や重要性など個別に備えるために必要なことは記載されていません。それは家庭や生活環境により異なるためです。

 

本教材は仮想の家庭を共通事項として考えることで『家庭環境による備えの優先順位』を意識させます。赤ちゃんや高齢者など、配慮が必要な人への備えも大切であることも考えるきっかけとなります。そうした思考の過程を経てから目的、目標に沿って「自分の家庭、生活では何が必要か」を考えます。なぜ仮想の家庭を設定しているかというと、家庭環境は極めてプライベートな話題であり「自分の家庭環境を知られたくない」という思いから、話し合いに消極的になってしまうことも考えられます。アクティブ・ラーニングは「誰もが話しやすい環境づくり」も重要です。模擬家庭であれば、そうした心配をすることなく、自分の考えや意見を示すことができます。

家庭での話し合い結果をワークシートにして提出させるなどで評価します。その際も全部書き出すのは保護者も生徒も大変ですので、10個くらいに絞り込み特に備えておくべきものについて意識してもらうように促します。

 

7 地域における効果的な防災教育

地域における防災教育については、冒頭にご紹介した別記事をご参照ください。なお『地域における防災教育の実践の手引き』冊子は希望者に無償で配布しています。ご希望の方は一般社団法人防災教育普及協会ホームページより、必要事項をお知らせください。
【外部リンク】●地域における防災教育の実践に関する手引き無償提供について

 

8 まとめ

いかがでしたでしょうか。【防災教育とアクティブ・ラーニングについての基本的な用語や考え方を理解し、学校・家庭・地域等での効果的な防災教育、防災啓発について考えるヒントになる】という、読者の皆さまへのメッセージは伝わったでしょうか。

アクティブ・ラーニングの各手法は児童生徒の参加意欲や関心を促し、学習成果を高めるために効果的であることは間違いありません。だからこそ、目標設定や評価等の大事なポイントをしっかりと押さえつつ、児童生徒等と楽しみながら学ぶことが大事であると感じています。ぜひ積極的にチャレンジしていただき「こんなときにはどうしたらいいのか」や「こんなふうにやったら効果的だった」といったご意見やご感想などもぜひお寄せください。

長文最後までお付き合いいただきありがとうございました。